イタ飯見聞録

バブルの残り香を必死で嗅ごうと思っていた少年時代から、僕の中でイタ飯はおしゃれの象徴だ。
この間、近所にイタリアンバイキングの店があるのを見つけた。
しかも、飯時を過ぎた時間だというのにえらく行列していた。
イタ飯、行列、これぞバブルだ。
来週の土曜日に食いに行こう。
そう思ったのが、先週の土曜日だった。
それからの一週間、一日と空けずイタリアンバイキングの前を通った。
そして、店外に置かれたメニューを見ていろいろと作戦を練った。
どんな味がするのだろうか。どこから攻めようか。
イメージは、日に日に増していった。
部屋に帰れば、インターネットで食べ放題の極意を検索した。
どこからどうみても、気負いまくっていた。
競争馬でいうなら、パドックで厩務員担いで走り回っている感じ。
それくらい、イレ込んでいた。
そんなことだから、今朝も用もないのに朝っぱらから目が覚めちゃって。
どうしても寝られない。
仕方ないから、このまま起きようと決めた。
しかし、音楽を聴いても、テレビを観ても、本を読んでも、心ここにあらず。
妙にそわそわしちゃってさ。
こうなったら、体動かして気を紛らわそうとランニングしたらしたで、知らず知らずにイタリアンバイキングの前を通りかかっちゃったりしてさ。
結局何も手に付かないまま、夕飯時を迎えた。
店の前は家族連れやらカップルが、行列を作っていた。
心揺れ動く必要ない。いつもどおりだ。
待合席の最後尾に腰をおろした。
腕を組んで周りの会話に耳をたてた。
前のカップルが楽しげにしゃべっている。
“こんなにメニュー多かったら私、何食べていいか迷っちゃう。”
そんなことでいいのかいお嬢さん?
準備不足じゃないのかい?
後ろに並んだ家族連れの子供が、親に言った。
“僕、ハンバーグから食べるっ。”
おいおい、バイキングといえどもイタリアン。雰囲気を出すためにも最初は、サラダからがいいんじゃないのかい坊や。
そうこうしているうちに、僕の順番が来てテーブルに連れて行かれた。
テーブルに置かれた白い皿、カウンターに並べられた多種のイタリア料理。
すっかり、怖気づいちゃった。
頭の中真っ白になっちゃって。
作戦もネットの検索結果もありゃしない。
食うのもそこそこに、店を後にしてしまった。
情けない。
夏を告げる夜風はやさしすぎて、余計に情けなくさせた。