クールメイカー
冷房をかけると、冷気に体を壊す。
かといって冷房なしでは熱くて何もする気が起きない。
冷房に弱い熱がりにとって最悪の季節が、そろそろやってくる。
冷房というと、昔こんなことがあった。
あれは、僕が高校生のころだ。
あの高校の生徒は、冷房というと19℃に設定したがった。
夏は何をしても暑い。ならば、最低温度に設定するべ。という安直な発想だ。
19℃に設定された冷房は、凶器にかわる。
業務用だか何だかは知らないが、馬鹿でかい冷房から吐き出される冷風を一時間浴びたら、体中の筋肉が固まっちまう。
唇だって紫色を通り越して、繭を作ろうとするくらいだ。
北欧人の豊かな髭が自分にもあれば。そんなバカな妄想するくらい頭の芯までしびれてしまう。
この現状を打破するのが、教師という大人の存在だ。
さすがは、良識ある大人。
19℃なんて、無茶な設定は許さない。
体が資本の教師の世界だ。唇が震えちゃ、微分積分、解の公式をそらんじることだってかなわない。
そんな教師が設定する温度は、だいたい22℃くらいだ。
まだ、寒いよマイティーチャー。
そりゃ、あんたたちは結構な重労働だ。
一時間立ちっぱなしのしゃべりっぱなし。
その苦労は、良くわかる。でも22℃はないだろ。
ほら、前から二列目の廊下側に座っている色の白い女の子を見ろ、セーター羽織ってるだろ。
俺の顔を見ろ。ほら、唇が引きつって小刻みに震えているだろう。
このままじゃいかん。
ある時先生に、寒いから26℃くらいに設定してくれと直訴したことがあった。
その提案の前に立ちはだかったのは、クラスメイトだった。
坊主頭に良く焼けた顔。首から肩にかけての筋肉の盛り上がりは、制服のカッターシャツが窮屈なくらいだ。
典型的な体育会系だ。
こいつらは、何でも一番を目指しやがる。なんでも一番がかっこいいと思っている。
僕は、熱いから逆に19℃にしてくれだって。
おまえは、ビンテージワインか。
19℃が適正温度のわけないだろ。
結局、相反する二つの提案を受けた教師は少し考えるふりをして。
「じゃあ、間を取って今のままでいいな。」
いいわけないだろ。
愚も愚、もっとも愚かしい解決方法だ。
いやいや、解決できていない。
今の温度に不満を持つ二人の提案を受けて、今の温度を選択する。
誰一人幸せにならない方法のどこが解決策だ。
そういう日本の事なかれ主義は嫌いなんだ。
その日以来、俺はアナーキーを決め込んでいる。
ウソ。
その日以来、俺は冷房のある空間に長時間いるときは、パーカーを持参している。
これホント。