中身は薄いが見た目は長い

僕が物言わぬ赤い直方体を抱えて途方にくれている
経緯については昨日の日記を読んでくれろ。


少し調子が悪いくらいで、一年半も寝食を共にした
相棒を見捨てるわけにはいかない。
僕は一縷の望みを頼りに携帯ショップに駆け込んだ。


"待っていろ。お兄ちゃんが治しちゃるからな”
そんなセリフがあったかなかったか。
気分はすっかり蛍の墓だ。


診察台なのかカウンターなのか、
木製の台にのせられてあれこれといじくられている。


店員が電源を入れるとバッテリー切れの
ピーピーという電子音を発した。


"ピーピーやねん。うちうんこピーピーやねん”
ま、まさにセツ子の名台詞じゃないか。


セツ子ー!セツ子ー!


と心の中で叫び号泣したとかしなかったとか。


以下は店員との会話。


「これは完全に故障してますねぇ」
「そうですか。じゃあ、修理してください」


使い慣れた携帯を変えたくないし、
ビビットな赤いボディも割かし気に入っていた。


そういえば昔、全身赤い服を着た
レッドという知り合いがいたけど、
彼は今でも元気にしているのだろうか。


「でも、修理しても新しく機種変更するのと同じくらいかかるんですよぉ」


僕は嫌な性格だからこういうところを見逃さない。


「同じくらいってどの機種とですか?」
手元にある料金表には2万円から5千円まで幅広い値段が書いてある。
「いろいろ値段ありますやんか」


「いえ、どれくらいかかるかは調べてみないとわからないんですけどね」


「じゃあ、調べてください」


「でも修理やったら時間かかりますよ」


「どれくらいですか?」


「2〜3週間くらいですかねぇ」


「じゃあ、待ちます」
ここまできたら男の意地がある。
さらに見え透いたやり方に胃の中がぐつぐつと煮え立ってくる。


「でもほんとに修理するより機種変更したほうが安いくらいなんですよ」


「だから、どの機種をさして安いとか同じくらいとか言ってんねん。基準をはっきりせえよ」
久しく忘れていた怒りの感情が良心を突き破った。


「機種変更させたいんやろ。ほな最初からそう言えや」
「いえ、そういうわけじゃないですぅ。お値段と時間のことを考えたら・・・」
「そういうわけなんやろ。それなら機種変更するよ」


急転直下な心変わりだけで、やっぱり機種変更とかワクワク
しちゃうじゃん。
案外最初から機種変更したかったのかも知れないね。


「ここのメーカーの奴で一番新しい奴持ってきて」


僕も言うほど若くないので、メーカーが変わると操作についていけない。
すぐに店員が持ってきた最新モデルがこれまたかっこいい。
使うかどうかはわからないけど、機能もいっぱいついている。


「じゃあ、これの赤にします」
「かしこまりました。商品の入荷まで1週間ほどかかりますがよろしいですかぁ?」
「時間かかんのかい。どないやねんな」


修理に時間かかるので機種変更をっていうくだりは
なかったことになってるのか。


「時間かかるやったら意味ないやん。今在庫あるの全部持って来て」


あっちへドタドタこっちへドタドタ、いたいけに店員が在庫を揃える。
その間に僕は、気を静めて頭を冷やした。
そして、目の前に並べられた携帯を見るや、すべてのことを
棚に上げてウキウキ気分だ。


「これめっちゃ薄いっすねえ」
「これテレビ観れますのん?テレビかぁ。携帯でテレビ観なあかん機会あるかなぁ」
「最近パカパカよりスライドの方が出てるんですか?」
「もうこれデジカメですやん」


童心に戻って目を輝かせて質問をしても、気のない生返事しか返ってこない。
どうみても嫌な客に見られている。
極力関わり合いを避けようとしている。


数十分悩んだ挙句に、一番安い機種を選んだ瞬間の
店員の目には軽い殺意が宿っていた。


このままじゃいかん。
このままじゃ迷惑な客だ。


お詫びのしるしとして、クレジットカードでの料金支払い、
メーリングサービスその他もろもろのサービスに加入した。


いい客なんだか、悪い客なんだか。
間違いなく悪い客でしょ。


気が効かないのに気を使う、
嫌な性格をしているのさ。